アメリカ海軍特殊部隊『Navy SEALs / ネイビーシールズ』の選抜訓練課程、基礎水中爆破訓練(BUD/S)の第2段階へ進むと、溺水防止訓練(drown proofing)が行われます。
これは、
- プールの底から水面まで20回、あるいは5分間往復する (Bobbing)
- 5分間浮き続ける (Floating)
- プールを50メートル泳ぎ、底に足をつかずに反転して反対側へ50メートル泳いで戻る (Traveling)
- 水中で前後に宙返りする (Front and Back flip)
- プールの底にあるゴーグルを口で拾う (Retrieving)
- プールの底から水面まで5回往復する (Bobbing)
という一連の流れを、休みなく続けて行うというもの。
しかも、両手両足を縛った状態で。
(ちなみに拘束を解いてしまったら、失格です)
この動画では、海兵隊特殊部隊(Marine Raider)方式で行っているようなので、回数/数値が若干違いますが、実施内容はそのまま参考になるはず。
ところで、アメリカのプールは深いです。この動画でも深いところで水深およそ4m(13フィート)。
『1.プールの底から水面まで往復』、や『5.プールの底からゴーグルを回収』はこの深度で行われます。念頭に置いてください。
さて、この訓練ですが、<両手足を縛られた状態で海や川を泳いで脱出>という状況を想定してシミュレーションしておく意味合いもあるでしょうが、それよりも現実的には、水に対する潜在的な不安を克服すること、また水に飲まれる恐怖にコントロールされず、逆に制約を受けても自分が状況をコントロールするだけの、『精神力や平常心』を養えているかどうか、を図るテストなのではないかと思います。
それでは、「この訓練に失敗したくない!」というあなたのために、私が自分なりにまとめたコツをお伝えします。
- プールの底から水面まで20回、あるいは5分間往復する (Bobbing)
⇒息を吐き続けること - 5分間浮き続ける (Floating)
⇒落ち着くこと - プールを50メートル泳ぎ、底に足をつかずに反転して反対側へ50メートル泳いで戻る (Traveling)
⇒ドルフィンキックとペース - 水中で前後に宙返りする (Front and Back flip)
⇒唇を活用する - プールの底にあるゴーグルを口で拾う (Retrieving)
⇒L字で頭からダイブ - プールの底から水面まで5回往復する (Bobbing)
⇒息を吐き続けること
説明していきましょう。
プールの底から水面まで20回、あるいは5分間往復する (Bobbing)
こちらで説明しましたが、一定以上の息を吐くと身体が沈みます。
逆に言えば、息を吐かなければ体はなかなか沈みません。
吐く量が足りない、吐く勢いが弱いと、沈むスピードもゆっくり。
しかし底はまだまだ深い。
肺の空気がもつか心配になる。
若干の苦しさを感じ始める。
不安が襲ってくる・・・
こうなってくると、平常心を失い、ペースが乱れ、失敗まっしぐらです。
しっかりコンスタントに、息を一定量吐き続けていたら、どうなるでしょう?
息を吐き続ければ、加速度的に浮力が失われ、ちゃんと沈んでいきます。
底までついたら、適度な力で底を蹴りましょう。
(注意すべきは、この時の蹴る力加減。弱すぎるとなかなか浮き上がれませんし、強すぎれば水面から飛び出す勢いがありすぎて、十分な呼吸の間もとれず、すぐにまた水面下に。)
大事なのは、往復の回数をいかに少なくするか、ではなく平常心を失わないようにすること。
そのためには、ゆとりをもった呼吸ができること。自分がこの種目のペースの主導権を握ること。
5分間浮き続ける (Floating)
いわば、後ろ手の”だるま浮き”です。
とにかく落ち着きましょう。
たとえば、あなたが陸上で1分息止めできる人なら、それを5回繰り返すだけ。
あとは息継ぎを上手に挟むだけ。
息継ぎは、顔を正面に上げてもいいですし、横に向けても、どちらでもお好みで。
ここで覚えておきたいのが、息継ぎすればその後かならず沈むということ。
水面から顔が出れば、その出た容積分だけ体は沈みます。絶対に。
なので、それを念頭に置いて、沈んでも決して慌てないことです。
一旦沈んでも、その後かならず浮いてきますから。
それさえ把握できれば、こっちのものです。5分でも10分でも浮いていられます。
リラックスして体の力を抜きましょう。
とにかく落ち着くことです。
プールを50メートル泳ぎ、底に足をつかずに反転して反対側へ50メートル泳いで戻る
ここでは、コンバットサイドストロークでは要求されない、あらたなテクニックが登場します。
ドルフィンキックです。
両足を拘束されている以上、バタ足もシザーキックもできません。
となれば、選択肢はドルフィンキック一択。
そうなんです。ネイビーシールズに挑戦するには、ドルフィンキックもマスターしておかなければならないんです。
(もっともそれだけはなく、ほぼ毎日のようにクロールを練習したり、平泳ぎやバタフライも行うので、様々な泳法に慣れておく必要があります。下の動画、3:40前後からの説明を参照)
ともあれ、ドルフィンキックです。
練習法は、いたってシンプル。
腰の後ろで両手を組んでドルフィンキックを打つだけ。
ポイントは、足首を柔軟に、足の甲で後ろに水を押し出す(下ではなく)、腰(というか股関節)を反らせて腸腰筋を使う、頭ではなく胸から波打つように、の4点。
細かい説明は・・・
全部バタフライのドルフィンキックと同じなので、割愛します。
ググってください。
とはいえ、強いてあとの2つだけ説明します。
キックを打つ前に、股関節をしっかり後ろに引き付けて、溜めを作っておくと、爆発力が違います。
それから、頭から脚までうねうねと全部波打たせてしまうと、頭と脚でうねりが打ち消しあい、相殺されてしまいます。
頭は固定して、胸(みぞおち)から下をしなやかに動かしてキック。
これは、実際に股関節を引き付けずにキック / 引き付けて溜めを作ってキック と、頭からうねらせる / 胸から下だけをうねらせるのをプールで比較実験すると、差異を実感できるはず。
あとは呼吸の適正なペースを掴むこと。
この際ドルフィンキックは、できるだけ息継ぎの回数を減らしたほうが、水の抵抗少なく、早く距離を稼げます。(息継ぎで頭を水面から出すと、抵抗が増します)
よって、毎キックごとに息継ぎするよりも、なるべく息継ぎを温存したほうが早くゴールできるのです。
というわけで、あなたが無理なくキックできる回数を把握しましょう。
『ギリギリ息がもつ』でなくて、『余裕をもって息をもたせられる』キック数です。
『3キックは息継ぎなしでいけるけど、4キックは苦しい』だったら、3キックか、余裕をもって2キックが適正回数。50mの往復をやりとげて、なおゆとりが持てるように。
あなたの最適回数を見つけてください。
水中で前後に宙返りする (Front and Back flip)
水中で宙返り。
やることは単純です。が、落とし穴があります。
実際にプールで試してみてください。
鼻から水が入ってしまいませんか?
『入らない』 ⇒ この章は飛ばして先へ進みましょう
『入る』 ⇒ コツを教えます
最もシンプルなコツは、鼻から息を吐き続けること。
当然ですね。だれでも想像できますよね。
しかし、前宙返り・後宙返り、その間じゅう息を吐き続けて、果たして肺の空気がもつでしょうか?
不安ですね。なので吐く勢いはごく弱く、肺の空気はできるだけ温存しましょう。
さらに加えて、唇を上手に活用しましょう。
上唇を尖らせて、鼻の穴に押し付けましょう。
鼻の穴を塞ぐのです。
完璧に塞ぐことはできなくても、何もしないのとは雲泥の差がつきます。
プールの底にあるゴーグルを口で拾う (Retrieving)
水深 3~4mの底まで、手間取らず淀みなく、一気に到達したいですね。
ジタバタすることなくスーっと潜るコツを練習しましょう。
ここでは、潜るきっかけ作りが大切です。
それにはできるだけ縦を作ること。
腰から体を折って、L字になります。
すると頭は水底に沈む方向を向きます。
頭から吸い込まれるように沈み始めたら、タイミングよく腰を伸ばして”L字”から”I字”に
ジェットコースターの落ち始めように、頭が沈みだしたらその勢いに胴と脚が引っ張られるように。
また、頭・胴体の抜けた穴に脚を通すようなイメージで。
キックの力で体を沈めようとするのではなく、重力を上手く利用すること。
無駄なエネルギーを浪費せず、水底のゴーグルに到達できます。
あとは、ゴーグルを上手く口で咥えてください。
プールの底から水面まで5回往復する (Bobbing)
ゴーグルを回収できたら、いよいよ最終ステップ。
浮き沈みを5回繰り返すのみ。
ゴーグルを口から離してしまわないよう注意しながら、浮き上がりましょう。
水面まで浮上したら、新鮮な空気を肺に補給しましょう。
しかし、ステップ1と同じようにはいきません。
今あなたはゴーグルを咥えています。
唇で咥えてしまってたら・・・
呼吸の際に落としてしまうことが確実。
ゴーグルの回収時には、歯で咥えるのが正解です。
あるいは唇で回収したとしても、歯で咥え直しましょう。
そして泣いても笑っても、これが最終ステップ。
最後の最後にしくじらないために、沈むときには慌てずしっかり息を吐き続けましょう。
ステップ1を思い出して。
最後に
この訓練は、兎にも角にも”平常心”を失わないことが肝要です。
『両手両足を拘束されて水に入る』という、陸上哺乳類であれば恐怖に飲まれそうな状況を、自らの意思でコントロールできるかどうか。
心の制御を失ってパニックに陥れば、もはや水への恐怖は深層心理に刷り込まれ、克服することは困難でしょう。
そうならないために、1にも2にも、自分のペースを作り、自らコントロールすること。
浮き沈みのペースをコントロールするために、息をしっかり吐く。
だるま浮きに不安を覚えないように、落ち着いて自分の呼吸ペースをコントロールする。
息継ぎなしで継続できるドルフィンキックの回数を探る。
水中宙返りで鼻に水が入らないように練習し、備えておく。
スムーズに沈む姿勢とテクニックを身に付けて、水底まで落ち着いて省エネで到達する。
最後、疲れた状況でもしっかり息を吐くこと。
しっかり準備をすれば、かならずやり遂げられます。
頑張って!!
<おまけ>プールのあの悩みの対処法を解説